旅行・地域

2013年12月29日 (日)

佐原の大祭

写真フォルダを見ていたら今年10月に行った佐原の大祭の写真が出てきたのでここで紹介。

佐原は千葉県北部にある古くからの商業の街で、現在は香取市の一部である。水路を使った運輸網が行き届いており、江戸の街の風情を今でも残しているところから小江戸とも呼ばれ、最近では観光に力を入れているようだ。実際、ドラマや映画のロケ地になることも多い。
タイトルの佐原の大祭は、佐原の街中を町内ごとに各々の飾りを載せた山車が佐原囃子を響かせながら練り歩く、というものである。夏の大祭と秋の大祭は祭の主催が異なるので本来は別の祭なのだが、佐原の大祭としてセットで扱われることが多い。夏の大祭は佐原市街の中心を流れる小野川の東側にある八坂神社の祇園祭としてのものなので、参加する山車は小野川の東側(本宿)の町がそれぞれの山車を繰り出す。
今回見た秋の大祭は新宿と呼ばれる小野川の西側の地区にある諏訪神社の祭である。秋の大祭の山車の飾りは歴史上の人物などの像が多い。
佐原駅前には義経の飾りを載せた山車がいた

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正面に回ると
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街中をウロウロするといろんな山車に出会う。これは大和武尊、電線にひっかかりそうなときは上に乗ってる人が電線を棒でのける。
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これは小楠公こと楠木正行
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これは大楠公こと楠木正成
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これは瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)、手前の川が小野川。

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源義経再び
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佐原は日本地図のための測量をした伊能忠敬の出身地としても有名で、佐原の街中には伊能忠敬の大河ドラマ化を望む旗が目についた。佐原には伊能忠敬の旧宅が保存されていたが、2013年10月現在で(東日本大震災の)震災復旧の修理中のため見学不可。小野川を挟んで旧宅の反対側にある伊能忠敬記念館の方は入場可能である。ちなみに地元では伊能忠敬の名前を音読みして「ちゅうけいさん」と言う。
旧宅と記念館とを行き来するのに便利な位置に橋があり、これは人だけでなく水を通している水道橋でもある。水道の汚れを取り除くために時々水道の水を小野川に流すのだが、そのときの音のためか「ジャージャー橋」と呼ばれている。今は30分に一度くらいの割合で橋をとおる水を小野川に放流する。幸い放流の場に居合わせたので写真を撮ってみた。

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2013年12月26日 (木)

柿田川公園

先日、友人たちの家族と合同で家族旅行に出かけた。そのときに立ち寄ったのが柿田川公園である。

朝の情報番組か何かで、大量の湧水を源とする非常に水の綺麗な川が街中にあるという紹介がされており、いつか行ってみたいと思っていた。が、肝心の柿田川の名前を忘れていたのだが。
場所は漠然と三島だと思っていたが、沼津からも近い。正確には静岡県駿東郡清水町のようだ。国道1号線沿いで道路を走る車から見るとただ森があるようにしかみえない。駐車場も少々わかりにくいが駐車場は広く、場内の案内も親切だった。
駐車場からちょっとした公園を通り、第一、第二展望台の階段を下ると湧水を見ることができる。第一展望台からは川底からの湧水を見ることができる。柿田川の湧水は一日当たり100万トン以上もあり、水源は富士山の雪解け水や降水でおよそ30年かけて地中を通ってくるそうだ。

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水は本当に透明。

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川の周囲には建物もあってごく普通の風景だが、サギが飛来するなどピンポイント的に自然が豊かな感じが面白い。

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第二展望台からは、かつて製紙工場の敷地だったころの井戸跡が見られる。こう書いてしまうと情緒もなにもなさそうだが、実際にこれを見ると言葉を失う。

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きれいな水の色は本当に青い。ここを訪れたのが夕方で少し暗かったことと、スマートフォンのカメラで撮影したので色の再現度はイマイチだが、それでも水の青さがわかるくらい青い。井戸の底からは湧水によって砂が吹き出しているように見える。

名前を忘れていたとは言え、ずっと行きたいと思っていた場所に図らずも来ることができて大満足である。

2013年11月27日 (水)

中欧旅行(5)

前回の続き

プラハ滞在最後の日は、午前中に空軍基地脇にある航空博物館に行ってきた。
ここに来た理由は単純に「旧ソ連の軍用機が見たい」である。中学生の頃からソ連機好きだったものの実物を見る機会は一生あるまいと思っていたが、旅のついでにそれが実現できたというわけである。
航空博物館はプラハ市街地からは外れた場所にあるのだが、行き方はシンプルで地下鉄C線の終点Letnany(レトニャニ)からバスで数分のところにある。数日のプラハ滞在で多用した打刻から30分有効な切符では終着駅まで辿りつけないので90分有効+バスにも使える切符を往復分購入した。往復分購入する理由は、帰りのバス停ではこの切符を購入できないので何かと面倒になることを回避するためである。

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駅を降りたらKbelyの文字を頼りに地上に出る。地上にはバス停がいくつもあるので正しい出口から出ないと後で苦労する。

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このバス停で待つ。この日はあいにくの天気。数日後にはヨーロッパを襲った大雨でプラハ市街も影響を受けることになる。

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バス停の周囲はこのように草原が広がる。プラハ市街を少し離れるとのどかな景色が広がる。
航空博物館のある場所は、地名としてはKbely(クーベリー)なのだが、Kbelyの停留所より一つ先で降りると航空博物館の正門前に着く(バスの運転手にKbelyで聞いたら「ここは違うよ(よくわかんなかったけど多分そんな感じ)」と言われ、次の停留所で「ここだよ(よく分からなかったが多分そんな感じ)」と言われた)。

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バスを降りると早速初期型のMiG-21が迎えてくれる。この時点で私のテンションは上がりまくりである。

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航空博物館の正門はこんな感じ。入場料はタダで、場内の写真撮影は自由だが基地にカメラを向けるのはマズいようだ。

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屋内展示はチェコの航空機の発達と、航空機そのものの発達がちゃんぽんになってる。ときどき人形が置いてあって1/1のディオラマ(最近ではダイオラマというようだが)風。

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複葉機時代の製作、整備風景はガレージで車弄ってる雰囲気ムンムンでなんとものどか。

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ソ連機キター!Il-2 シュトルモビクは大戦中の地上攻撃機(襲撃機)、地上からの砲火に耐えるよう重装甲が特徴。地上を行くドイツ軍にとっては嫌な相手だったはず。

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今度はドイツのMe-262。ドイツの科学は世界一ィィィな飛行機。

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屋内展示はよく考えられていて、展示方法も面白い。また、何よりも保存状態がものすごくいい。難をあげれば、照明が暗いので私のカメラではきれいな写真がとれなくてブログ記事にしにくいことくらい。

トイレに行きたくなったので外に出てトイレを探す。トイレのそばに対空ミサイルが。これはソ連製のSA-2ガイドライン。ガイドラインって名前はNATOのコードネームなのでソ連でそう呼ばれていたわけではない。トランペッターのプラモデルを確か持っていたので思わず写真を撮ってしまった。

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ジェット機はほとんどが屋外の展示。さすが旧東欧だけあってソ連機の展示がメチャ多い。だんだんテンションが上がって来た。

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下の写真はMiG-15。朝鮮戦争であのB-29(B-50)をポコポコ落としている。

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きゃぁぁぁぁ、Mi-24ハインドよハインド。一度実物を見てみたかった機体。実物をみればみるほどコクピット周りのデザインが変。だがそこがたまらない。

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ソ連版A-10とも言われるSu-25。ソ連機にしては普通っぽいけどよく見るとやっぱりソ連機。それにしても攻撃機としては現役だと思っていたがチェコではすでに退役してるのか。

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東側だけでなく西側の飛行機もあるぜ。F-5を見るのはこれが初めて。エリア88を思い出す。

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驚いたのはこれ。J35ドラケンよドラケン。まさかチェコに来てスウェーデン機が見られるとは思ってなかった。えー、またまたエリア88を思い出してしまった。それにしてもドラケンカッコいいなぁ。

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こちらはJ37ビゲンの多分偵察型。ビゲンお世話になりましたよ、毛染め剤の方だけど。プラモを見ると胴体が太い感じがしてたけど実物見るとカッコいい。

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そしていよいよソ連機コーナー。歴代MiGがずらっと。

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MiG-19。昔タミヤの1/100で作ったのを思い出すな。主翼の境界層流板って、本当にただの板なんだ。

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こちらはMiG-21。MiG-21は東側を代表するベストセラー機でそれだけ型も多い。これはレーダーを強化するためにノーズコーンが大きくなってからの型(そのくらいのことしか分からん)。とにかく必要最小限のものしかついてないっていう簡素な雰囲気がとてもいい、これでマッハ2級だというのだからいやはや。

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これはMiG-23。当時流行りの可変翼を搭載したのが特徴。あまり個性的とは思っていなかったスタイルだけど、こうして実物を見るとなかなかおもしろい形をしている。カッコいい。

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こちらはMiG-27。形としてはほとんどMiG-23と同じで機種周りだけが違う。地上攻撃用としての運用を念頭に開発されたもの。それにしてもなんでこんな塗装されてるんだろ?

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こちらはSu-7かな。細かい型はわからないけど。MiG-21をびよーんって伸ばしただけのようにも見えるがMiG-21と比較すると結構大きい。いかにもソ連機って感じがまたなんとも。

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こちらはSu-22かな。Su-7をデラックスにした感じ。

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いやー、ソ連機ってやっぱりいいですね。旧東欧に来た甲斐があるというものです。

その他にも、屋内展示には初期のジェット機がいくつも展示されていたりとても面白かったのだが、いい写真が撮れなかったのが残念。

博物館としてはとても興味深い展示が多いので、ここは絶対にオススメ。とはいえ、ロンドン郊外にある空軍博物館のようなアホみたいな規模じゃないので、じっくり見たとしても半日程度見ておけばいいと思う。

最終日の午後はドヴォルザーク記念館を見た後、プラハの旧市街をブラブラ。ドヴォルザーク記念館は館内が撮影禁止だったので写真はないのだが、こじんまりとしたスペースでゆったりした時間が流れている感じがとてもよかった。あと、門の前にいた猫が可愛かった、結構人懐っこかったな。

夕食はビアホールでチェコビールを堪能したが、たまたま相席したドイツ人のオジサン二人組といろいろと話をしてしまった。お互い不慣れな英語でなかなか意思疎通がはかれなかったけど、それでも楽しめたのは旅の途中ならでは。

ビアホールではアコーディオンを持ったおじさんが各テーブルを回りながら客からのリクエストで演奏を披露していたが、我々が日本人だと知って「日本の曲はこれしか知らないから、これを演奏するよ」と言って「上を向いて歩こう」を演奏してくれた。海外では結構知名度あるんだな、と感心。それから、別のテーブルでカチューシャを演奏していたのが少し意外だった。チェコではソ連時代のこともあって、ロシア曲は好まれないと思っていたのだ。高校時代に先生から「東欧圏とはいえ市民レベルではソ連に対する反発が強いから、飲み屋でロシア民謡なんか歌おうものなら袋叩きに合う」と言われていたのを思い出したが、冷戦時代の当時と今とでは時代が違うのか、あるいは先生の言ったことが大げさなのかは分からないが、まぁそんなことがあった。

というわけで、長々と続いた中欧旅行記はこれでおしまい。

プラハ郊外にある戦車の博物館見たいなぁ、今回は無理だったけど。また行きたいな、チェコ。

2013年10月21日 (月)

中欧旅行(4)

プラハは以前から訪れてみたいと思っていた街である。歴史ある綺麗な街並みの残る古都であるということ、モーツァルトが気に入っていた街であるということ、映画アマデウスのロケ地であるということ、旧共産圏の国であるということ理由はひとつだけではないがとにかく興味があったのは確かだ。
昨日、プラハ到着の日は半日という限られた時間と、まだ慣れない土地ということもありスポットを一つに絞って比較的近場の軍事史博物館を訪れ、残りの時間を街中を歩いてみる時間に当てた。
今日は、一日まるまるプラハを満喫する日とし、まずはプラハ城に向かった。流石にホテルからプラハ城まではかなりの距離があるので、地下鉄でヴルタヴァ川(モルダウ川)のそばまで出ることにした。このあたりはプラハ城や旧市街といった観光エリアにあるだけあって街並みが綺麗である。いや、プラハ市内はどこも趣があるのだが、川とプラハ城が見えるといかにもそれらしい感じがしてワクワクする。

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プラハ城まではまだ距離があるが、ヴルタヴァ川の橋を渡りながらプラハ城とプラハの市街地、そしてヴルタヴァ川との景色を楽しんだ。

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橋を渡りきったところで見た看板、西欧に染まってます。プラハのマック密度はかなり異常。料金的には日本よりもちょっと安いかも、程度。

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プラハ城へは参道(?)のような坂道を通る。

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結構歩くし、この日は妙に暑い。まだ5月の後半でウィーンでは真冬装備で過ごしたことを考えるとウソみたいな暑さ。タンクトップで歩いていた人もいるくらい。プラハの街中はタンクトップと長袖の準冬装備みたいな人が混在していてカオスな雰囲気。

Praha_2_9プラハ城への上り階段の途中で見つけた落書き。落書きも可愛らしい。

階段を登り門の前まで来ると標高も結構高く景色が良くなる。流石、武断的な城だけあって城壁には鉄砲狭間みたいなスリット窓がある。ここからの眺望は素晴らしく、赤い屋根に統一された美しい街を眺めることが出来る。

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プラハ城の内部は、一つの街のようで敷地内に巨大な教会や広場がある。もともと丘の上に城壁を築いて城としていたものが、城壁が度々増築され建物が増えたという経緯があり、城内には元の城壁の模型に透明な樹脂による増築部分が作り込まれるという凝った展示物があり、そのへんの経緯が分かりやすく説明されている。

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プラハ城の中にはこんな立派な大聖堂がある。聖ヴィート大聖堂でプラハ城内でも最も大きい建物である。

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上の写真は裏側からのもの。正面から見ると大きすぎて全貌を写真に納めることができなかった。

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内部も立派。地震がないとはいえ石を積み上げてこんなものを作ってしまったのだから人間というのは凄いもんだ。

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プラハ城を出て旧市街まで歩いた。大した距離ではないが途中雨に降られたので近くの店に入って昼食兼雨宿り。適当に注文しても美味しいものが出てくるのがプラハのいいところ、旅行中食事がまずいと感じたことは一度もない。

昼食後、雨が小降りになったのを確認して店の外に出る。カレル橋に出たいがわかりやすい看板のたぐいが見つからなかったので少し道に迷ったがこれはこれで楽しい。カレル橋の上は観光客で賑わっていてまっすぐ歩けないくらいだった。

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プラハの街で一番困ったのがトイレである。どこも有料というのもあるが場所がとにかくわかりにくい。カレル橋を渡りきってトイレに行きたくなったので探してみたが結構苦労した。そうそう、有料トイレはチェココルナとユーロでは倍以上レートが違うのでチェココルナは必須である。
プラハといえば映画「アマデウス」の撮影が行われた街でもある。私はこの映画が好きで何度も見ていたので同じ景色があれば、と思っていた。しかし、事前情報を得ることなしにぶっつけほんばんだったので「似てるかな-」と思える程度の景色に出会えたのみだった。ここは今回の旅の反省点。
下の写真は、モーツァルトの(ウィーンでの)家の近くの風景、と思われる場所。アマデウスの撮影は旧市街地がメインだと思うが、これはプラハ城からカレル橋に行く途中で出会った光景。

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これは家の前の広場かなあ、いまだに未確認。

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カレル橋から旧市街地を歩いて、お土産を探したりしながらウロウロと街の様子を楽しんだ。

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旧市街の中央広場は学園祭状態で、出店やら舞台演奏やらで賑やか。今回は時間がなかったが、クラシックの演奏会もそこここでやっているようだった。さすが音楽の街。上の写真はからくりを駆使した時計台。
プラハは旧市街だけでなく新市街も見どころが多いので歩いて楽しむには広すぎて一日では見きれない。次の日の午後も市街見物をすることにして、この日はホテルに帰ることにした。この日一日だけで3万歩近く歩いたので足が棒。

2013年7月27日 (土)

中欧旅行(3)

ウィーンからの列車がプラハ中央駅に到着したのは午後1時半頃。プラハ到着後最初のミッションはホテルまでたどり着きチェックインすることにあった。

プラハにきて最初の壁は通貨にある。チェコはEUに加盟しているがユーロではなくチェココルナという独自通貨を使用している。ところが、これが日本では極めて手に入れにくくレートも悪い。そこで、ユーロが使える店を探し、お釣りとしてチェココルナを獲得する必要がある。
ユーロが通じるならあえてチェココルナは必要ないではないか、と思うかもしれないが地下鉄など公共の交通機関はチェココルナでないと利用できない。また、後で分かったことだが、ユーロが使える店も若干(店によって違うが3%~7%近くとるところもある)手数料を乗せたレートで買うことになるのでチェココルナに比べると割高になるのだ。中でも有料トイレではチェココルナだと日本円にして50円程度で入れるのに対し、ユーロだとおよそ130円(1ユーロ)を要求されるのだ。
そんなわけで、プラハ中央駅内部で買い物をすることにした。プラハ中央駅内部はかなり広く、また店の種類も多い。丁度スーパーのような店があったのでそこでミネラルウォーターを買い、ミネラルウォーターを買うには少し多目のユーロ札を出した。店員にはちょっと嫌そうな顔をされたけど問題ない。後で知ったことだが、このスーパーでは良心的なユーロのレートで売っているので次に来る時も(来るのか?)このスーパーを利用させてもらうことにしよう。
今回の旅行で、チェココルナの攻略法が分かった。ユーロを持ち込むのではなく、街中にある銀行のATMで新生銀行(他にも使える銀行はあるけど)のカードを使って現地通貨を下ろす、というのが最も使いやすくかつレートも良い。銀行あるいはATMは街中で割と簡単に見つけることができるので良心的な換金屋を探すよりもずっと手軽でなおかつレートがいい。 ネットで調べると、1週間程度の旅行ならキャッシング・ローンで借りて、日本についてから速攻で返すのが一番レートが良いそうだが、やっぱり借りるってのは気分悪い。
話はだいぶ逸れたが、ホテルへは地下鉄で2駅なので、チェココルナをゲットし、ついでに駅構内の店を見て回った後で地下鉄に乗ることにした。駅構内は自転車に乗ったりスケボで移動している人がいるなど思った以上にフリーダムな感じがした。このフリーダムな感覚は後にプラハの至る所で実感することになる。
プラハの地下鉄もウィーンと同様時間制限制で最も安いチケットは30分乗ることが出来る。
地下鉄の乗り方についてはネットで調べてから行ったのでバッチリだと思ったが、やはり券売機の前でオタオタしてしまう。どのチケットを買うのか決まれば、あとはお金を入れてボタンを押すだけ。中でドットインパクトプリンタが動いてんじゃないか、って音がした後必要事項が細々と書かれたチケットが出てくる。チケットを打刻機に入れて、駅入構時刻を記録すればあとは列車に乗るだけ。

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ホテルの最寄駅を降りて地上に出ると、そこはなんとも不思議な光景。ウィーンの旧市街地のような古めかしい建物が立ち並ぶ街並みに路面電車、車がバンバン走っており、明らかに地元の人達がウヨウヨ行き交う。ウィーン旧市街のような観光都市というより、古い町並みのまま現代を生きている街というか、シーラカンスのような生きている化石みたいな街と言おうか。とにかく、ウィーンのような観光客だから誰かがなんとかしてくれそうなそういう感覚の一切ない街という感じがした。

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最初のミッションであるホテルのチェックインを済ませ、部屋に荷物を置いてから外に出ようとエレベータに乗ったときに見上げるほど背の高い女性が乗っていた、身長185cmはあるだろうか。途中の階で降りた彼女は、ニコっと可愛らしい笑顔で出て行った。チェコは男も女もデカイ、でもそれほどでもない人も沢山いる、だから地下鉄車内はいろんな身長の人が混在する不思議な光景になる。あと、つり革の位置が高いので日本人だと少し苦労する。一番苦労したのは男性用の小便器である。場所によっては背伸びしないとナニが引っかかってしまうのだ。
プラハ中央駅の北東にある丘の中腹に軍事史博物館がある。プラハについて最初の見学地はこの軍事史博物館にした。

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建物の前にはT-34/85が鎮座している、これは戦後チェコで生産された型かな? 展示物というよりは屋外に放置されてるといった雰囲気なので上に登ったり遊んだりしても怒られることはない。話は変わるがチェコの子どもたちはすんごくカワイイと聞いていたが、本当にすんごくカワイイ。

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入り口を入ると、博物館というより図書館のような雰囲気。館員の若いにーちゃんが館内について教えてくれたが、印象としては大学院生といった感じの人だった。

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博物館の展示物は火器や軍刀、軍服など機材の実物と兵器の模型で軍事博物館としては地味だが、それだけに新しい発見も多い。兵器の模型を作ってると銃火器の類はかなり小さいのでアクセサリ的な扱いにしちゃうけど、実際には大きく、重く、そして相当な手間をかけて作られていることがわかる。

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下の写真は要塞用の大砲の実物だが

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こうやって一部を拡大すると工作機械にしか見えない。

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戦史に基づいた情景模型も充実している。私がそれっぽいと思ったのはUボートの情景。

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ゴリアテも実物は結構大きい。このくらいのリモコン欲しいなぁ、爆薬は抜いて。

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チェコは、地理的にも他国の侵略を受けるなど不幸な歴史を受けた国ということもあり、こういう記録(武器の写真しか載せてないが、歴史の展示も非常に多い)を留めておこうという意識も高いのだと感じた。
さて、軍事史博物館からプラハ中央駅周辺まで歩いてみたが、既に使われてなさそうな施設なども見られた。殆ど使われていないであろう建物には、名物(?)の落書きが随分と書かれていた。結構高い場所にも落書きされており、この国の人は落書きに命をかけるのかもしれない、と思った。

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プラハ中央駅の近くに来ると、綺麗な街並みになる。

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駅周辺には緑が広がるが、そこを歩く人達はベンチに寝転がっていたり、歩きながらタバコを吸っていたり(ウィーンもそうだったがプラハも喫煙率は結構高い)、人混みの中をスケボで移動する人がいたりフリーダムなところである。

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プラハ中央駅からホテルまでは地下鉄で2駅分。歩けない距離ではないので、途中歩いてみた。

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こんなのが街中にポロポロあるのがさすが古都。
この日の夕食はこのお店で食べた。この店はユーロが使える。

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チェコビールは世界一おいしいと聞いていたのでビールを頼んでみたが、これはたしかに美味い。苦味があるのかと思っていたがクリーミーで飲みやすい、ベルギービールの美味しさに近いだろうか。この店で頼んだガーリックスープもメチャウマで大満足である。
続く

2013年7月21日 (日)

中欧旅行(2)

ウィーンで3泊した後、朝から列車でプラハに移動した。列車で移動というところが今回の旅行の楽しみの一つで、飛行機で1時間のところを列車で5時間かけて移動する。

プラハ行きの列車が出るのはウィーン旧市街から見て南西に位置するウィーンマイドリンク駅(Wien Meidling)で、数年後にはウィーン中央駅(現在建設中)に移るのだそうだ。マイドリンク駅へは市街地から地下鉄で向かうが、最寄りの駅名はマイドリンクではなくフィラデルフィアブリュッケ(Philadelphia br)なのが注意点。駅は直結していて案内も(珍しく)親切なので迷わずに行けた。

駅では、まず電光掲示板で自分の乗る列車の確認をする。列車と言うよりは飛行機に乗るときに似ている。確認をしたら、待ち時間は近くの売店でパンを買う。なんせ、これから5時間も列車に乗っているのだ、お腹も空くし喉も渇くだろう。

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少し早目に着いて、列車到着までやることがないのでホームに行く。ホームで列車のどの車両に乗り込むのかを確認する。長いホームのどこに自分が乗る列車が着くのかを知っておかないと最悪ホームまで来ていながら乗り遅れるということがありそうだ。

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駅の雰囲気はこんな感じ。日本の駅と大差ないと言えば大差ない。

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列車が到着、思っていたのと逆方向から入線したため写真を撮ることが出来なかった。

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車内は廊下から個室に入るという構成

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個室は4人が向かい合って座れる。今回は我々二人だけで相席はなし。ただし、途中で乗ってくるかもしれないから油断は禁物(結局プラハの2つくらい前の駅で2人の女性が乗り込んできた)。

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ウィーン発車直後は町並みのある風景で、列車はノロノロ運転、駅でもないのに途中で15分くらい止まっていたりしたが、チェコ国境付近(正確には分からないが)から速度が上がった。

都市部を離れるとヨーロッパの田園風景が広がる、日本だと稲田がメインの風景だがこちらは麦畑ばかりなのでありふれた風景でも新鮮だ。

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時々変わった物を見かけるけど、

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やっぱりヨーロッパの田園風景が続く。

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ベートーヴェンの交響曲「田園」って、こんな風景をイメージしながら書かれたのかな、などと思いながら車窓を楽しんだ。

あと、チェコに入ってからは落書きが多かった。これは首都プラハも同じ。こんなところに落書きを書く意味があるのか、というよりそこに書くのは危険だろ?!ってところにまで落書きがある。チェコ人は落書きに命をかける価値みたいなものを見出しているのかもしれない。

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チェコに入って最初の駅、Breclav(rにはハーチェクが付く)。落ち着いたという元気が無いという方がぴったりくる感じだった。

次の駅Brnoは丘の上にそびえる教会が印象的

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街並みや畑など、人工物があるとヨーロッパらしさを感じるが、山の中など自然の中に入るとさほど日本とは違わない景色になる。チェコ出身作曲家として有名なドヴォルザークがチェコを想いながら書いた曲が日本人の感性に響くのは似たような景色の中で育っているせいかもしれない、などと思ったりもした。

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そんなこんなありながらも、5時間ほどの列車の旅は退屈する間もなくプラハ到着で幕を閉じる。さんざん田舎の風景を見てきたのでプラハのでかいことでかいこと。

下の写真中央から左にかけて写っている大きい建物は軍事史博物館。プラハ到着後真っ先に訪れた施設である。

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地上にこれだけ線路が並ぶ風景は日本の都市部では既に珍しくなってしまっている。

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到着駅はプラハ中央駅。

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プラハ中央駅は映画に出てきそうなアーチ状の屋根がいい雰囲気。今回乗ってきた列車はこんな列車、カッコいい。

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プラハ中央駅の構内放送は放送前にスメタナの「我が祖国」の一節が流れる。日本を含め世界的にはチェコの作曲家と言えばドヴォルザークだが、チェコではスメタナの方が自分たちんトコの作曲家、という感覚なのかもしれない。

続く。次回はプラハをブラブラする話。

2013年6月21日 (金)

中欧旅行(1)

先月の終わりに嫁とオーストリアとチェコ、というかウィーンとプラハに行ってきた。

ウィーンの街並みは美しく、様式の整った街並みに、そこいら中にシャッターを切りたくなる。

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面白かったのが、修繕中の建物。工事中であっても景観を損ねないよう建物にはその建物本来の姿が描かれたシートで包まれている。

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旧市街はコンパクトで見どころが多いので、毎日のように訪れた。旧市街広場にそびえ立つシュテファン大聖堂は間近でみると大迫力。よくもまぁこんな物を作ったものだ。シュテファン大聖堂は入るだけならタダだが、エレベータで塔の上に出ることが出来る。ここからの眺めはまた見事。

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シュテファン大聖堂から程近いところに、モーツァルトが住んでいたと言われる家がある。ここは、日本語の音声ガイドを聴くこともできるのが良い。さすが観光地。

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モーツァルトハウスの向かいに怪しげなお面ショップがあった。映画「アマデウス」で見かけたようなお面もあったり。

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映画「アマデウス」の劇中で、W.A.モーツァルトの父、L.モーツァルトが被っていた(後にサリエリも被った)黒いヤヌスのお面があったら欲しかったんだがなぁ。
ウィーンにもマクドナルドがあったので、試しに入ってみた。物価としては日本と変わらず、というか円安が進んでいたためむしろ割高。でも、マックシェイクの大はお得サイズ。小の倍くらいある上に中サイズがないみたいなのだ。私は大を全部飲み干して、後で腹痛になった。
ウィーンの郊外には、ナチスの遺産とも言える建造物がある。高射砲台の跡で、現在はなかに入ることは出来ない。静かな公園の一角で、もの寂しげでありながらどこか不気味な存在感を醸し出している。

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この公園内にある2基目の高射砲台。こちらは四角い建造物である。

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音楽の都、と呼ばれるだけあり、ウィーンの公園には著名な音楽家の像が沢山見られる。が、音楽家によって扱いが違っているのがなんとも面白い。
ウィーンでの人気云々に関係なく、モーツァルトやベートーヴェンはそれなりに立派な像なのだが
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モーツァルト像

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対照的に扱いがイマイチなのが、シューベルト。

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丁度シューベルト像の頭の上に黒い鳥がいました

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さらに扱いの悪いのがブルックナー。

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一方、ウィーンで大人気なのがヨハン・シュトラウス2世。ニューイヤーコンサートで必ずといっていいほど取り上げられるほど、ウィーンでの人気は高い。その像は

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                                                       金ピカ

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                                                   金ピカです。

ウィーンには2日半滞在していたが、地下鉄を使ったのはシェーンブルン宮殿に行くときと、プラハ行きの列車に乗るときのみ。歩いて街の空気と景色を楽しむにはコンパクトで丁度いい街である。

シェーンブルン宮殿に行って感じたこと。世界史の授業まじめに受けとけば良かった。結構面白いのな、世界史。当時退屈としか感じなかったハプスブルク家がどうとか、そういう話が。

2012年4月27日 (金)

小布施 蕎麦「鼎」

先週末に、長野県の北の方へ行ってみた。長野と新潟の県境は通ったことしかなかったし、なんとなく今頃の時期の景色がよさそうな気がしていて、ちょっと行ってみたくなったというわけである。

昼頃小布施のあたりを通りかかったので町営の駐車場に車を止めて小布施の街並みを楽しむ。小さくて雰囲気があっていいところだ。と、蕎麦屋の看板が目に入る、看板に従って歩くこと数分、小布施の街並みから少し離れたところにあったのが表題の「鼎」という蕎麦屋だ。

http://www.e-obuse.com/shop/index.php/kanae

注文したのは十割そばとそばがき。そばがきはふわふわもちもちとした食感に蕎麦の香りがよく合い、醤油やわさびと実に相性がいい。十割そばも蕎麦の香りが楽しめて大変美味しかった。が、特筆すべきなのはドロッとした蕎麦湯。そばをゆでた釜の底からとったものか蕎麦粉を後で加えたものかわからないが、他のどこの蕎麦湯とも違う。蕎麦湯にごく少量のつゆとわさびと大根とねぎを入れ、蕎麦の味と香りを味わうとこれがうんまい。また小布施に立ち寄る機会があれば是非行きたいところだ。

2012年2月20日 (月)

「あの夏で待ってる」の聖地を通ってみた

女神湖の走行会終了後、茅野側ではなく佐久側に下りて帰ることにしました。女神湖からの峠越えは雪のため視界不良で怖かったのですが、ある程度標高が下がるとウソのように晴れてました。

で、そのまま帰るのではなくちょっと寄り道をすることに。

浅間山が美しいでござるよ

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寄り道というのは、アニメ「あの夏で待ってる」の舞台となる小諸。まぁ、細かい調査などは既にネット上でなされているので、今回は通るだけ。

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主人公の通学路(?)。右端の白くなっている山が浅間山。小諸からだと浅間山は見えにくいのが残念ですが、こういう景色を毎日見ながら暮らしている長野の人ってちょっと羨ましいですね。雪や寒さで苦労はあるのでしょうが。

折角だから車も一緒に。まだ雪がたっぷりのこっていてナンバー見えません。

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このあと、小諸にある博多ラーメン屋に行ってラーメン食べてきました。妙にとんこつラーメンが食べたくなったのでわざわざ調べて行きましたよ。

2011年9月18日 (日)

富士山の思い出

最近忙しくてあまり出かけていないのだが、ブログネタにに旬な話題があったので書いてみる。

こないだ富士山に登ったという記事を書いたが、富士山に登るのは今回で4度目。

最初の2回は二十歳の頃に2年連続で登ったもの。朝、須走口から登り始め、その日のうちに降りてくるというもので、当時は準備運動などなくてもそれなりに登れたものである。砂走りを全力で降りてくるのが楽しかった。

ところが、あれから随分時が経ち、3回目のアタックは雨が振ってきたこともあり8合目で断念。砂走りの下りで膝を痛め、砂走りを楽しむどころではなかった。

で、今回。7合目の山小屋に泊り、ゆったりとしたスケジュールで登頂。7合目からのご来光はほんとうに綺麗で、山小屋で食べるご飯も美味しかった。若くて体力があるときには思いもしなかった楽しみ方だ。

午前6時に出発して、10時頃に10合目到着。お鉢巡りの途中でお湯を沸かしてカップラーメンを食べる。何気ないただのカップラーメンが一番美味しいと思える瞬間である。

昼ごろに下山開始。ここからが難所である。下りはとにかく膝を痛めやすい。普段運動不足で筋肉が十分でないから膝に掛かる負担が大きくなってしまうということらしい。7合目を過ぎた辺りでやはり膝に痛みが走り、砂走りではかなり悪化させてしまった。それでもなんとか下山したが、課題が残った感じだ。

富士山に登るときは、雨と寒さへの準備は十分にした方がいい。それなりに装備を整えるためにはお金がかかるが、富士山の頂上は寒く、真夏でも一桁台になることも珍しくないし、午後になると雨に降られる可能性が高い、金で済ませることができることは金で済ませてしまおう。

しかしながら、これは登ったことがある人でないと分からないことでもある。こんなことがあった。私が富士山に登った話をした後輩が、さらに年下の留学生と一緒に富士山に登ることにした。私は、頂上の寒さを伝え、防寒対策を十分にするよう注意したところ、その後輩はちゃんと準備したものの、留学生は「そんなバカな」と半袖に水筒がわりにペットボトルといういでたちで現れたという。勿論、彼が泣きを見たのは言うまでもない。

そして次の年、その留学生の彼が別の友だちと富士山に登ることにしたらしい。彼は身を持って防寒対策の重要性をわかっているから、友達にもそれを伝えたのだが、結局彼の友達は「そんなバカな」と半袖姿で現れたという。

やっぱり、人は自分で体験しないと分からないものらしい。

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