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2011年2月 1日 (火)

足尾銅山 [栃木]

赤城の大沼に行ったときの帰り道(と言っていいのか分からないが)、足尾銅山に行ってきた。桐生から日光に抜ける国道122号線はさすが国道というだけあって除雪がちゃんと行われており、途中までは快走路だったが、とはいえ山間部奥に入るにしたがって路面にも雪が多くなってくる。

足尾に向かう途中にある草木湖は草木ダムによって作られたダム湖。昔、オウム真理教が密造した銃(ロシアのAK47のコピー品といわれている)をこのダム湖に捨てたとか、そんな話を思い出した。

足尾の街中に入るべく国道から県道に入ったとたん見事なスノーロード。折角ここまで来たのだから足尾銅山跡を見ることにした。

それにしても、この真冬の時期に寒くて不便な足尾に来る人はほとんどいない。駐車場からチケット売り場まで100mないくらいの距離だが、寒いし吹雪いているしで大変だった。

チケットを買うと暖かい待合室でトロッコが出るのを待つ。ここは、トロッコで銅山の坑道の中まで入り、そこから歩いて展示を見ながら外に出てくる、という見学コースになっているのだ。トロッコを運転してくれた人に坑内の気温について話を聞いたところ、坑内はむしろ暖かいらしい。身を切るようなこの寒さで展示を見続けるのは勘弁して欲しいところだったので、ありがたい話であった。

時間が来たのでトロッコに乗り込み、銅山の坑内へ入っていく。坑道への入り口には安全祈願のためかしめ縄が飾ってあった。

Torokko

Douzan1

坑内は確かに外の寒さに比べると暖かく、暖房のない坑内にあっても寒さを感じることはない。とはいえ、それはあくまでも冬用の服をちゃんと着ていることが前提ではあるが。

内部の展示は、銅山の歴史とその様子を再現した人形。なかなかリアルに出来ていて、ボタンを押すと動き出したりもする。

Kouin

足尾銅山は、江戸時代から銅の採掘が行われており、非常に歴史のある銅山だ。今まで明治時代の公害問題という側面からの知識しかなかったので、意外な発見である。江戸時代の通貨の原料を供給していたのも足尾だったということで、コイン集めを趣味としていた私にとっても多少縁のある銅山だったのだ。その足尾銅山も、江戸時代末期には銅の採掘量が減少して閉山が近いと思われていたようだ。

明治に入り、近代的な技術を投入して坑道を延長した結果、新たな有望鉱脈をいくつも発見されて銅山として新たな歴史を刻むことになる。坑内の展示もこの時代の人形は近代的な削岩機を持っていたりしており、鉱山開発のスピード感が劇的に変わったことを感じさせる。ただ、一度に大量の岩を砕くことができるようになったおかげで労働環境も悪化したようだ。足尾の鉱毒問題が起こるのはこの頃の話。

Kouin2

足尾銅山の内部に掘られた坑道の長さは、全部あわせると1200kmにも及ぶのだそうだ。江戸時代から閉山される昭和まで、銅を求めて掘り続けたこれも偉業だと思う。

そうそう、ここで知ったことで意外だったこと。銅の青いサビ、緑青は人体にとって無害に近いのだそうだ。私は猛毒だと教えられたが、事実はそうではないらしい、とはいえわざわざなめたりはしないが。

参考:銅の安全性 http://www.ion-net.co.jp/anzen.html

坑道の見学を終え外に出ると、今度は江戸時代の通貨(穴銭)の製造方法や、当時の通貨の展示室がある。古銭マニアにはたまらん展示室です。当時の通貨が鋳造により製造されていたのは知っていたが、鋳造後に結構な手間をかけていることを知ったのは収穫。

全ての展示が終わると自動的に土産屋のそばを通るのだが、面白そうなものが結構あるものの見学者が極端に少ないせいか、通りかかると店の人から色々な話を聞くハメになってしまい、楽しかったけど少々面倒くさかった。

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